おはようティラミス

「私をひっぱりあげて」くれる数々のことを、綴ってみることにしました。

キュウリグサが咲く頃

いろんな子どもがいる。いろんな境遇の子どもがいる。あの子だったら、あのママ友だったら、どんな風に接するんだろう。私の「いい人仮面」は半分本当にいい人で(自分で言ってる時点で完全にアウト!)半分ウソ。私は帰りのチャイムが鳴って、いい人仮面を脱ぎ捨てた。何だか疲れて、これ以上はやっぱりムリだと思った。本当に子どものことを思う人なら、夕飯まで食べさせたかもしれない。けれどそれをやるには、覚悟がいる。それを続ける覚悟が必要だ、と思う。

 

ママはいつも眉をひそめて歩いている。誰とも目が合わないように。本当は挨拶でもいいからしたかったのだけどな。せめて会釈ぐらい。あのママの居場所はどこにあるのだろう。なんて思う。なんて思わなくていいのかもしれない。なんて思うことが失礼かもしれん。子どもが時折見せる寂しいまなざし。「だから大人は嫌なんだよ」って私に今日言ったよね。

 

天気のいい日は外で一緒に遊ぶ。

私にできることは、今できることはそこまで。子ども食堂が近くでやっていたら誘って行こう。あー、でもママがそうゆうの嫌がるかな。頭の中でぐるぐるする。言動に正直ムカつくこともあったけど、外で一緒に遊んで気持ち良かった。おじいちゃんと話したり、あの老夫婦と話したり。私とだけだったら、完全にダメだったな。たくさんの人と過ごすといい。

 

キュウリグサの花は本当にかわいい。

オオイヌノフグリの可愛さを

超えたな。


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カメの群れ

昨日の夜、久しぶりにミヒャエル・エンデの『モモ』を開いた。初めて読んだのは26、7くらいの時で。カメのカシオペイアにたまらなく、何というのか「...好きです!」と思った。本当にモモに出てくるカシオペイアからカメの存在が気になりだして。カメが好きです、と言うのはだいぶ恥ずかしいのだけど。多分、けっこう好きだ。

 

自分のやりたいと思っていたことが、心許ないこの頃。苦しいことも「あー、勉強になる」と思えていたのになあ!おぼろげ。そうゆうテンションの時に見るSNSって、ダメです。ちょこちょこ見てるこの頃。見ては「あ↓↓↓」と思っている。みんなが伝えたいことは、違うのにね。私もノリノリ(!?)の時、中にはそう感じさせていたりもしたのだろうと思うと、何というかもっと表現を大切にしなければなと思う。で、SNSではなく、久しぶりに『モモ』を読もうと思った。

 

***

 

朝、起きて、これはまた落っこちている、と思った。命の母ホワイトを飲んでみる。効いているのか効いていないのか、毎回よく分からない。台所に立って、あのでかいカメたちはアフリカにいるのだろうか?と思う。アフリカケヅメリクガメたちは。ガラパゴス諸島にいるってこと?確か一番大きいカメなんだよね、ガラパゴスゾウガメ。たくさんのカメたちがのっしのっし歩いている姿を想像した。カメは群れをなして歩くのだろうか。子ガメは母ガメの近くにいるのだろうか。そんなことを想像したら、とても元気が出てきた!という。カメの本を借りよう。調べる。

 

春休み、カメたちに会いに行こう。モモも読む。カシオペイアにどんな思いを抱くのか。

 

カメさん、ありがとう。好きなものって、やっぱりいいね。力をくれる。洗面所の踏み台に座って書く朝。がんばります。

ほんの一面

時々思い出す。

 

親切な人で車に乗せてくれたのだけど、

いそいでいたからスピードを出していた。

ものすごくいそいでいて、

運転がとても荒かった。

雨がザーザー降る中、恐怖を感じた。

あー、乗るんじゃなかったと

娘の手をつなぎながら思ってしまった。

 

ほんの一面を見ただけなのに、

これがその人の全てではないのに、

このことを思い出して

会うのがこわいと思ってしまう。

 

人は焦っていると、

とんでもない一面を見せる。

きっと本人は気づかない。

きっと私も見せている。

見せているとは気づかずに。

...それで離れていく人もいるでしょう。

 

私は誤解してる。

きっとその人のことを。

払拭できるかな。

相変わらず小さい悩み。

 

でも、こわかったんだよ。

とても、こわかった。

 

***

 

私が免許取り立ての時に、

助手席に乗った夫がそういえば

こわかった、と言っていたな。

こわさのレベルで言えば、

私の運転の方が死にそうな程

こわかったことでしょう。

 

こわいというのは、

本当にいやだね。

心が萎縮する。

 

このこわい、忘れてしまいたい。

ヘンテコ質問

「何時に寝てますか」

「うちはもう8時には寝るんです」

子どもの寝る時間に悩んでないなら

こんな質問しなくていいのに。

「あ、うちも早い」

「うちも、もう8時には寝るね」

え、そうなの?

 

「うちは、もう午前中に夕飯の支度

 してあるんです」

私聞いてないってば。

「今日はもう後魚焼くだけなんで」

だから聞いてないってば。

「帰ったら食べるの」

 

「幼稚園は歩きですか、

 バスですか」

 

***

 

私にとって

なんだか疲れる質問がとんでくる。

 

悩んでるなら話そう。

悩んでないなら私に言わないで。

 

はじめは、え?みんなそうなの?

って、ちょー焦った。懐かしい。

引っ越したてのあの頃のこと。

焦った結果、非常に疲れた。

比べて比べて疲れまくった。

ひとのものさしで過ごしたら、

疲れまくった。

 

出来るときもあれば、

出来ないときもある。

今の私にはこれがちょうどいいんだ。

子どもにとって、完全なリズムを作れない

のは、、ゴメンよだけど。

 

***

 

「この中でどのお母さんがいい?」

と聞いたそうだ。

そしたら私と言ったそう。

いや、ママがいいって言ったはずでしょ。

そこを無理やり、

ママ以外で、と彼女は言ったに違いない。

ママがいいに決まってるもの。

 

すっごい変な質問!

 

変な質問って疲れる。

 

***

 

わたし、くさってるな。

自転車とばして、花粉浴びて、

くしゃみして、吹き飛ばしてやる。

娘、レッツゴー!!

大事なものはなにか

この前、登校班に間に合わず息子と小学校に歩いて行った。宿題を前もってやらないのに、やっていきたいと泣き叫ぶ。お決まりの言葉。「ぼくなんかしね」。それ、かなしいって。やめてよー。算数プリント50問くらいを文句垂れながらやっていった。全丸。よくやったなあ。

 

朝、歩くのはとても気持ち良かった。青空だよ。おなじみの春の雑草の花がたくさん咲いてる。いらいらも全くしなかった。これが癖になったらイヤだなあ、と思うけれど息子の心が平安ならいいなと私は思う。かなしみの気持ちいっぱいで学校に行くのはつらいものね。

 

昔、息子と一緒に遊んでくれたお兄ちゃんの後ろ姿が見えた。彼はとても感じがいい。その雰囲気が後ろ姿から感じられた。二年前に会った時、駅で声をかけてくれたことを思い出す。おそらく中学三年生。息子も中学生になるのは、そう遠くない。

 

泣き叫ぶ声がした。何だろう、と思ったら多分学校に行きたくない子が泣き叫んでいた。お母さんの困ってる顔が見えた。胸がぎゅっといたむ。

昨日、ちょっとテレビを見ていてある方が「学校って牢屋みたいだよね」と言っているのを聞いて、分かるなあと私は思ってしまった。六時間じっと聞き続けたり支持に従ったり(先生は工夫を凝らしていたりするだろうから一概に言えないけれど)集団行動するのが私はとても疲れた。「いい子」だから文句言わないで「素直に」やっていたけれど。

 

この前、マックで娘と食べていたら隣に座っていたお母さんが子どもに聞いていた。「ねー、いつになったら学校行くの」「真面目にどう考えてるの」。元気のない子どもの顔が見えた。そうか。そうなのか。

 

子どもの心が平安であるために、私はどうしたらいいのだろうか。何が大事なんだろうか。大事なものをつかみたい。

 

近所のオジサンに娘が手をふった。オジサンの笑顔はいつだって良くて、それがなんだか救いだった(オジサンといっても私とたいして年は変わらないんだった)。毎朝オジサンに挨拶して娘と春から幼稚園に行こう。笑顔で挨拶して行こう!それだけは決まった。

 

子どもの中にある力を私は信じよう。

自分の中にある力を信じよう。

ぜったいにあるんだ。

チキンは、カツ!カツンダ!

「こんにちは」

「 ... 」

 

いくら言ったって、いつも返ってこない。

いくら相手は小学生とはいえ、

返ってこないのは、かなしい。

でも、必ず会ったら挨拶しよう

そう決めていた。

だって、子どもだもの。

 

***

 

「何でだと思う?」

夫に愚痴る。

「家で、わるく言ってるんでしょ」

うん、私もそうだと思う。

わかって聞いてる。

 

ゴキンジョモンダイ。

和解したように見えて、

ママとはやっぱりしこりが残る。

私はいつも会話を絞り出していた。

びくびくするから、ヘコヘコする。

それ、もう、やーめた、としてしまった。

私たち、合わんのよ。

何かがお互いに気にくわないのよ。

だけど、相変わらず

私のヘコヘコぐせは抜けない。

もう話すこと絞り出せないのだけど、

私はびくびくしている。

隣のブランコで一言も会話できなかった。

私の隣にいる引っ越してきたばかりだという

ママがとても親切で彼女がいてくれて

何とか間が持った。

 

***

 

今日、子どもに挨拶するのやめた。

ホワイトデーのお返しのクッキーだろうか。

その子どもがタッパーに入ったクッキーを

もぐもぐ食べながら私のことを見ていた。

 

また、挨拶するかもしれないけれど。

 

いい人仮面、脱ぎ捨てたい。

 

今日はチキンカツ!

チキンよ、勝つのだ。

 

自分に勝つのだ。

ちっちぇー自分に勝つのだ。

 

窮屈なんだよ。

なんでだろう。

ゴミのはなし

ポイ捨てする子どもを見た。「それ、持って帰りなよ」と言ったけれど「やだ」と言ってかっぱえびせんの小袋をポイっと捨てた。あの女の子一瞬考えた目をしたのにな。「そうか、おばちゃんが持って帰る」そう言って三輪車のカゴにゴミを入れた。一緒に鬼ごっこして楽しかったのになあ。あの時六年生だった彼女はきっと中学生か高校生になったはず。いまだにポイ捨てするのかなあ。

 

***

 

昨日、息子は友だちと公園に行った。友だちと一緒に食べな、と言ってお菓子を渡した。ゴミを持って帰ってきてほしくて、レジ袋に入れて渡した。「ゴミ、持って帰るんだよ」と言っておきたかったのに言い忘れて、それが大丈夫だろうかと思った(私は口出しし過ぎる!)。「ただいまー」と行って、泥のついたズボンに裸足で帰ってきた。彼らしい。砂場が雨で池になっていたそうだ。その汚れた手にちゃんとゴミを持っていた。「わ、ゴミ持って帰ってきたんだねえ!」思わず言った。「ブランコにゴミ忘れてきたけど、思い出して取りに行ったんだ」。

 

きみ、最高でしょ!最高!

 

宿題をちゃんとやる、とかよりも大事なことをあんたはできている。そう思った。なんだかとても嬉しかった。ゴミ持って帰るんだよ、と先回りして言わないで良かった。言っていたら、私も何も思わなかったかもしれない。口出しし過ぎることを、できるだけやめたい。彼から考えることを奪っているのかもしれない。

 

***

 

「あのお菓子、卵入ってた?」友だちにアレルギーがあったそうだ。「小麦って漢字は多分分かったんだけど」。二人で箱を眺めたのだろう。この漢字は何だろう?と眺めながら食べたに違いない。卵の入っていないお菓子だから良かったけれど、あー、気をつけないといけないな、と気づかされた。※お菓子を持たせたのは、その子のおうちに行くかもしれない、と言っていたからで。という言い訳を書いておきます。

 

今日もその友だちと「池」で遊んでた。

足で泥水かけ合ってる光景を見た。

楽しいだろうなあ。

 

これは、自慢だろうか。親バカ話。