おはようティラミス

「私をひっぱりあげて」くれる数々のことを、綴ってみることにしました。

女の子たち

木陰は涼しい。

涼しくて気持ちが良い。

桜の木が素晴らしい木陰を作ってくれた。

その下で女の子たちが遊んでる。

 

顔見知りの女の子たちとしゃべる。

話しかけてくれる。

私と年が30以上離れた女の子たち。

4、5、6歳の女の子たち。

子ども。子どもだけど、

ちょっと友だちみたいな気持ちになる。

それがたまらなく、心地よい。

何が心地よいのだろう、

って思ったんだけど、

やっぱり今を生きているからなんじゃ

ないか、って思う。

 

私の頭と心はこんな思いでいっぱいだった。

・・・

私はやはり要領がワルイ。

本当に一緒に何かをやった人は

ご存知のことで。例えば

ゼミが一緒だった親友とか。

一緒に働いた後輩とか。

今、一緒にやってる仲間とか。

 

で、泣く。

 

なかなかこうゆう人いなくて、

カッコ悪い。

 

これが自分で。

だけど、努力してんのか?って思う。

してないんだよ。

してないから、変わらないんだよ。

 

ってこんなことを思ってるから、

死んだ目を今日もしてたと思う。

・・・

だけどさ、子どもたちは

一生懸命話してくれる。

この私に!聞いてほしくて、

一生懸命。

それがね、なんというか

うじうじ考えてる場合じゃないだろ、

「ばーろー」と思えたわけです。

 

何かに逃げたくなったけれど、

小さなステップをふんでやることが

大事なんだろうな!!

やるしかないよ、じぶん!

 

夏休み、子どもたちとたくさん話そう。

ちゃんと目を見てね。

目でおしゃべりするんだ。

そうゆう時間を意識して過ごそう。

そうゆう夏休みにしよう。

 

夏休み始まったなあ。

自分に宿題を出そう。

超楽しんでやろう。

そんなことも思えてきたよ。

 

かわいいかわいい女の子たち、

ありがとう。

アゲハトーク

アゲハの幼虫をくれた、

アゲハのように美しい友だちと、

今日アゲハトークをした。

 

この前、アゲハは飛び立った。

友だちにすぐにラインした。

 

***

 

「さなぎが黒っぽくなってきたら、

 そろそろ出てくるよ」って教えてれて。

夜、さなぎが黒っぽくなって、

ああ早朝にきっと蝶になるんだろうな、

って思って朝見たら、まだだった。

カメラを三脚にセットして、

五分おきに見て撮影した。

でも、こっちの角度から撮りたい、

と思って結局三脚から外した。

 

全然出てくる気配がない。

まだか。

あれに似ている。

出産。

 

まだか。

まだか。

まだなのか。

それならば、と思い、

子どもたちの上履きを洗う。

おねえちゃんと子どもの頃、

上履きを一緒に洗ったことを

思い出したりして、

しみじみしてアゲハを見たら...!

 

しわくちゃの羽のアゲハがいた。

あー、さなぎから出るとこ見たかったのに。

 

 

涙が静かに、静かに、たまって

つーっと出た。

 

しわくちゃの羽のアゲハは、

虫かごに入れた割り箸を、

よいしょよいしょと登る。

羽が底につかない高さまで。


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ひと休みして、じっとする。

アイロンをかけたように、

どんどんピンとした羽に

なっていくのだけど、

じーっとして、時々パタパタする。

そして、びやっとおしっこみたいなのを

する。何度かした。図鑑によると、

身体を軽くするため、らしい。

 

そして、バタバタバタバタして、

「ねー、もう早くアナタ出しなさいよ」

って言ってくる(そんな感じ)。

慌てて虫かごを外に持って行く。

 

フタを開けたら、

ちょっと外の様子を見て、

あっという間に、

写真を撮る隙も与えず、

「サヨウナラ」とひらひら飛んだ。

 

今、玄関には、抜け殻のさなぎだけ

残っている、虫かごがある。

なんだかちょっとさみしくて、

そのままにしている。

 

たった23日くらいなんだけど、

本当に素晴らしかった。

 

***

 

「こうゆう世界があるなんて

 知らなかったよ」

「前の自分ならこんなことしなかった」

「ほんとだよ」

「ねー、青虫かわいいよね」

「あのムシャムシャ食べる感じね」

「本当に良かった」

ひたすら、良かった良かった、

と私は友だちに伝えた。

 

友だちが私の目をちゃんと見てくれて、

ちゃんと話をきいてくれて、

それがすごく分かって、嬉しかった。

感動を分かち合えるって、

なんて嬉しいんだろう。

友だちが手を差し出してくれて

(いつもそう。優しい)、

手を取り合って喜んだ。

幼稚園の園庭にて。

 

ああ、本当に良かった。

ありがとう。

 

来年こそ、さなぎから出るところ

見てみたい。

 

本当にありがとう。

 

浅草寺

スミマセン。

ごめんなさい。

私のやり方が悪くて、お手数おかけします。

 

なんてワード、連発すると自分がダメになるの分かってる。だけど、連発した。そこに逃げた。なるほど、やはり落っこちてく。

 

さっき、冷蔵庫にあった、しめ鯖を食べて枝豆を食べた。男前豆腐店の豆腐も食べる。おいしい。おいしさに感謝したい。息子は高熱で具合が悪く、娘はおしゃべりが止まらない。娘は本当にすてきな子。なのになあ、もっとちゃんと相手したいのになあ。私の心は宙に浮いている。

・・・

雑誌で見た片づけの達人(と言っていいのかわからないけれど、片づけのプロの人)の本を図書館でリクエストした。読み進めた。ちくりちくり痛む。ああ、すっきり暮らしていたら、私はもっと余裕のある女性であり、母になれるのだろうか。この人は「私はズボラで」って言わないから信頼できるな、ってちょっと思った。片づけを簡単だ、と言わないところもすてきだと思った。エンジンかける感じなんだな。エイって真面目にやるぞ!って本気が必要なんだ。ズボラって言葉は片づけの人が使うと嘘くさい、って私は思う。本当に使わない方がいいと思う。

 

時間がごしゃごしゃってするから、30分を意識して3日くらい前から生活してる。冷蔵庫に時間のホワイトボードを貼った。そうか、私が活動してる時間は16時間なのか。21時まで残り4時間だよ。何としてでもやらなくちゃ。

・・・


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浅草寺のおみくじは吉で、だけどとてもいいことばかり書いてあって、それを読んでから調子がいい。...と思っていたけど、今日は謝ってばかりいる。時間が苦手。訓練しよう。

 

浅草寺の近くで、写真を撮ってる外国の若い女性の姿が目に焼き付いている。Instagramに投稿するんだろうな。Twitterかな。台湾?中国?ものすっごく、きれいな方だった。ポージングが決まってた。撮ってる女性もきれいな人で、2人できっと日本に遊びに来たんだな。きれいでいることも努力がいるよ。努力とプライドと。

 

娘が二階のベランダでガサゴソガタゴトやってる。もう!と思う。降りてくる。ミニトマトを取ってきた。ありがとうね。

さあ、現実に戻ります。

 

ありがとう。

投げてみたいもの

時々、携帯を思いっきり投げてみたい、と思う。この手軽に見てしまう時間泥棒を、えいやーっと遠くまで投げ飛ばしたい。そういえば、フィンランドで携帯電話投げの大会があったな、と思い出す。ちょっと調べたら、100メートル投げた人もいるらしい。なんで、こんな大会始めたのだろう。その動機をお聞きしたい。なんて思って、また調べ始めるんだよね。簡単に調べられるようになったけれど、人は前よりも賢くなったのだろうか。私は賢くなった気がしない。もしも、いまも大会があるなら、日本人初で優勝したいものだ。エイヤーーーッ!!!

紫蘇ジュースand豚カツ

だいたい夕方に、ちょっと「やってられない」と思ってしまう。そして1缶ストロングゼロを飲みながら、夕飯をつくる。ほろ酔いが、バランスを保つ。そんな日が週に何回かある。夜中目が覚めて、「あー、飲むんじゃなかった」とけっこう思う。そして、毎回友だちの顔が浮かぶ。とんでもなく飲む友だち。ロング缶のストロングゼロを何缶も飲んでいた。当時、おそらく毎日飲んでいたと思う。今もそうなのだろうか。けっこう...酒くさかった。他人事だとは思えない。彼女のきっと「やってられない」は、私と似ている気がする。私が1缶を超えたら、とてもこわい。いつも思う。

 

友だちが「紫蘇ジュースを作ったから」と言ってくれた(私、作ったことないな)。「簡単だよ~」友だちはいつもそんな風に言う。作り方も教えてくれた(私、作るのかな)。友だちが作るものは、いつもおいしい。紫の紫蘇はなんていい色を出すのだろう。「だいたい四倍に薄めて飲んでね」と言っていた。炭酸で割る。紫の色が本当に元気をくれた。梅雨時にぴったりだ。スカッとする。もう夕飯つくる気力がない、と思っていたのにやる気まで出てきた。スープを作って、キャベツを千切りにして、豚カツにする。豚カツは潔く、大好きなお肉屋さんに頼むことにした。おじさんとおばさんを頼る。息子におつかいに行かせた。ああ、あと何回、この豚カツを食べられるのだろう。

 

いろいろ、だらしがない。どんよりしている。今日も一瞬飲もうかと思った。だけど、友だちの紫蘇ジュースを一口飲んだら、やめやめと思った。紫蘇ジュースが何だか励ましてくれた。大丈夫と言っている。

 

ごちそうさま。

願い事

七夕用の笹を頂いた。

10分くらい3メートル以上ある竹(笹)を三本持って歩いた。注意して歩かなければ歩行者や車に迷惑をかける。ドキドキしながら歩いた。2、3人くらいしか会わなかったのでホッとした。横断歩道は周りに注意して急いで渡った。笹はほうきのようだった。先端を引きずって歩いた。がんばった。

 

遊び場にやっと着く。

多くの人が願い事を書いて笹に吊す。私も書こうと思っていたのに。何を書こう、何を書こう。そんなことを思っているうちに、書かずじまいだった。母は「家族が健康でありますように」といつも書いていた気がする。確かに、それに尽きると思う。

 

ぼーっとする時間が必要だ。

=このブログを書く時間。私はどうやらエネルギーがすぐになくなる。予定が連続で入ると、家は荒れてくる。荒れると同時に、余裕もなくなって子どもにあたる。イライライライラしてたら、家族がすーっと二階に上がった。やることをさっさとやって、三人で絵本を読んでいる。キーキーしがちなあの息子が素直に二階に行くなんて。私のイライラビームがとんでもなく恐ろしかったのだろう。自分でも嫌だ。

 

食事療法というのがあるらしい。

なるほど、と思った。息子はキーキーしがちだし、私もイライラしたり不安定になりやすい。友だちのお子さんがとても落ち着いていて、聞いたら食事療法だと教えてくれた。

 

それで願い事は、これにする。

「穏やかな人になれますように」大切なひとたちを、これ以上私の機嫌で傷つけたくない。努力しよう。イライラな言動で、傷つけてごめんね。努力だなあ。努力だ!

しくじったけど、アゲハ

ちょっとしくじった。多分、もう何日かしたら忘れてしまうような、どうでもいいようなちいさいしくじり。親切にしたかった。それが余計なお世話な時がある。二度も拒まれた。いい人でありたい願望みたいなのが、どうしたらこの人に優しくできるかを、私でしゃばってしまう時があって。それは辞めた方がいいんだよ、というお知らせなんだね。きっと、そう教えてくれたんだ。そんなにしなくていいんだよ、って。きっと、今日は大人しくしていなさい、という知らせだ。そんなことを思いながら帰ってきた。サバの塩焼きと白いごはんを食べている。心があちこちに行って、落ち着かせたくて今書いている。これからブルドーザーのように片付ける。午後、息子の友だちが来る。ちゃんと用意しておこう。

 

心が下降しかかって、その時に青虫(アゲハの幼虫)が夏みかんの葉っぱをムシャムシャ食べている様子をふと思い出した。青虫はじっとしているようで、食べている時の一心不乱さはもう見事で。ムシャムシャムシャムシャムシャムシャ(早口で)って感じで、スピード感ある口の動きで、葉っぱをむさぼり食う。そして、おしりからも同時に出てきたりする。なんか本当に一心不乱な感じは悩みとかを吹き飛ばす力があると思う。何というか、我に帰るとでもいうか。何ものにもとらわれない姿というのかなあ。あれは本当に素晴らしかった。青虫もそれはずっとできなくて、休憩が入る。そしてまたムシャムシャが始まる。本当に面白かった。

 

昨日、じっと動かなくなって、念願のさなぎ準備段階に入った。幼虫の皮を脱ぎ捨てていた。幼虫の頭とクシャクシャになった皮が、虫かごに落ちている。さなぎになる時って、アゲハは何かを思うのだろうか。過去のことや未来のことを思ったりするのだろうか。私は過去と未来ばかり思っている。そうそう、今を生きたいと思っているのに。

 

ブルドーザーのように片付ける!!!

&今日はお酒を飲まないぞ。と宣言。

ここに書くと、私は約束を守れる。

読んでくれている人への一方的な約束。

ありがとうございますと一方的に感謝。