Tiramisu郵便

「私をひっぱりあげて」くれる数々のことを、綴ってみることにしました。

力うどん

雪、どんどんぐちゃぐちゃになっていく。

 

おはよう

とあの人に言った。

おはよう

と返してくれた。

 

おはようございます

じゃなくて、少し良かった。

 

おもちゃを娘が使っていて、

すみません、かりちゃって

と言った。

 

目をみることなく、

あー、大丈夫です

とめんどくさそうな返事。

 

心が凍りついた。

 

彼らは、息子たちは

仲がいいのか悪いのか、

さっぱり分からない。

すれすれを行く。

ひやひやする。

もう、これは、見守るしかないな。

 

私にとって、私の人生にとって、

仲良くしなければ、いけない人ではない。

ないのだけれど、やっぱり、

かなしい。

 

この関係に慣れない。

苦しいことに慣れる、ということは

とても難しいと思う。ウソだと思う。

 

でも、いちいち傷つきたくない。

傷ついたと感じる私は、おかしい。

ぐちゃぐちゃしてきた。

 

さあ、とにかく!

温まろう。

こんな日は力うどんがいいかも。

お餅が入ったうどん。

 

「腹ごしらえして歩くのだ」

カモメ食堂のキャッチコピーだったかな。

 

腹ごしらえだ!

自分次第

誉めてくれる人がいた。

否定せずに認めてくれる人がいた。

私が書いたものを。

もしかして、何かにつながるのだろうか、

と、ちょっと思ってみたりしたけれど。

そうではなくて、

結局は自分次第である、

ということがよく分かった。

 

例えば、誰かにシェアされて、一気に

「いいね」数が上がるとか、ちょっと

想像してみたのだけれど。

そんなことはなく。そりゃそうだ。

私が求めていることは何なのか?

何をしたいのか?そこが曖昧だから、

さっぱり伝わらないんだ。

 

初めて感じた、住んでいる場所への愛着。

ここに暮らす人々のやさしさや思いやり。

私はそこに魅力を感じていて、

そのことを発信していきたいんだ。

春、かたちにしていきたい。だから、

練ろう、妄想しよう、書き出そう。

 

このブログはどうしようかな、とも

思ったけれど、書くことは、

書き続けることは、発見だらけだし、

自分に力をくれるから。続けよう。

100記事書いてないし!

少し、整理して。

より伝えたいことが伝わるように、

書いていこう。

 

誉めてくれた人は、

たくさんのヒントをくれた。

こうゆうことをやってみたら

いいんじゃないかしら、と私の目を見て

言ってくれた。ドキッとした。大ヒントだ。

 

できない理由を探すのはやめよう。

やる理由を見つけよう。

 

やるかやらないか。

結局は自分次第。

 

やってみよう。

本当に心の底からやりたいことだから。

それが好きだから。

 

夕方飲んだ、ミルクティー。

小鍋に牛乳を入れてガスコンロで温めた。

「あったまるなあ、おいしい」と息子。

 

少し、面倒を選んだ方が、

おいしいんだよなあ。

 

さて!皿洗いしよう。

子どもをだきしめよう。

ゆっくりお風呂に入ろう。

本が読みたい。

あったかい布団で早く寝たい。

 

スマホも寝てくれ。

コタツ

雪が積もりはじめた。

道路が白くなりはじめている。

 

たった今コタツで昼寝をした。

コタツはあたたかい。

足があたたかいと、全てがあたたかい。

 

目をはなしたすきに、

2歳の娘の髪がとんでもないことになった。

自分の髪を切っていた。

右側が、まるで、そりこみ。

これ、笑えない。可哀想な感じ。

この前、美容室で切ってもらったから、

真似をしたんだろう。

床に髪の毛が散乱している。

 

娘を見る度に、ため息。

 

何がイヤか、分かった。

まわりから悪いお母さんと見られる

ことが嫌なのだ。

 

そんなことを考えながら、

コタツで少し寝た。

 

寝たら、まあ、いいか、と思えた。

どう思われるかとか、関係ないし!

 

髪なんてすぐ伸びる。

本人は全く気にしていないし。

 

コタツで少し寝たら、

だいぶ元気になった。

 

熱いミルクティーを甘めで、

飲もうと思う。きっともっと

元気が出るはずだ。

 

娘のことを、目を、見よう。

 

スマホよ、昼寝してくれ。

コタツはあたたかいよ。

「感情」という生き物

母が子をおもう、やさしい文章を読んだ。

その後、私はこどもを抱きしめたくなった。

やさしくなった。

 

「もう!うるさいなあ!おまえは!」

おしゃべりに夢中になったママたち。

友達がこどもに言い放った。

その後、私はこどもにきつくなった。

「もう!なにしてるの!」

 

私は、感化されやすい。

されすぎる。

なんでこんなに?と思った。

 

「感情」ほど、

人に伝わるものはないのだろう。

感情は「共感」してほしい生き物なんだ。

ひとりではさみしくて。

誰かと分かち合いたい生き物なんだ。

だから、手を伸ばしてくる。

その感情を手のひらいっぱいにのせて。

思わず迷わず、受け取ってしまう。

だから、私は感化されるんだ。

 

 

これから、思いやりあふれる人が

主催する講座に参加してくる。

その人はやさしい文章を書いている人。

 

きっと私は、幸せに包まれて、帰ってくる。

 

昨日がそうであったように。

「いただきます」の意味を知る

豚がたくさん乗った
2階建てのトラック。
はじめて見た。
思わず、娘と「うわーっ!」

夜はカレーにしよう、と
カレー用の肉を買いに行った。
あのおじさんがいるお肉屋さん。

「コロコロの肉でいいの?」

おじさんが、奥の冷蔵庫から
大きな肉の固まりを出してきた。
10キロのお米の袋くらいの大きさ。
「大きいですねー!
 ほらすーちゃん見てごらん」
と思わず娘を抱きかかえる。

豚のトラックのことを思い出して、
おじさんに話した。

「どこ行くんだろね、トジョウかな」
と、おじさん。
「トジョウ?」
「屠殺場ね。ここ(市)にもあるんだよ。
 あと、どこだっけな、」
おじさんと少し、
屠殺場のことについて話した。

いや、もう普通に日々食べてるんだけど、
その部分が、すっぽり抜けているな、と。
気付かされた。

「当たり前に食べてますけど、
 なんだか、ありがたいですね」
と思わずしみじみ。しみじみしみじみ。

おじさんは、いつもの
優しい笑顔で返してくれた。

豚を乗せたトラックが去った時、
においがすごくて、
思わず「くさーい」と言った。

娘が帰ってから
「くちゃい、くちゃい」
と言ってる。

トラックの写真を撮ろうかと
一瞬思ったけど、

撮らなくて良かった。

手を合わせて
「いただきます」
と言う意味を、
ものすごく感じた。

忘れたくない。

時をつかまえる文通

文通相手が1人いる。

彼女は、以前働いていた職場の後輩。

2つ下。何かをやりながら話たりしない子。

ちょっとしたおしゃべりでも、絶対に

体ごと、話している人の方を向いて、

しっかり話を聞く子。貸した本には、

感想を書いた四角い附箋を付けてくれる。

そんな丁寧な彼女。

 

私が休みを取って、フィンランド1人旅を

してくる、と言ったとき、

「ハガキを書いて、送って下さい」

と、住所を書いた附箋を渡された。

 

こんなお願いをしてくる子もいるんだ、

と新鮮だった。よく分からないお土産を

もらうより、ずっといいかもしれない。

ヘルシンキの大きな郵便局には、ハガキ

がたくさん売られていた。オシャレ!と

思いながら選んだことを思い出す。

ホテルの机で書いたんだ。

これが私から彼女への一通目。

 

二通目は年賀状。三通目も年賀状。

何通目までだったかな。ずっと年賀状。

 

私が仕事を辞める、と帰り道、話したとき、

彼女は泣いていた。「え、ほんとですか?」

と言って、頬を伝う涙を静かに手で拭って

いた。彼女を思い出す時、必ず頭にこの

シーンが浮かぶ。泣いてくれるなんて!

 

しばらくして、彼女も仕事を辞めた。

 

ある年の年賀状に、ハガキ書くね、と書い

たら「文通しましょ」と書いてあった。

すごく嬉しかった。

◇◆◇

ある日の彼女のハガキ、

美術館に行きたくて、まだ小さな子ども

二人を連れて行ったそうだ。赤ちゃんは

いつも通り寝てくれるかと思ったら、

泣き出して。上の子は「うん○ー!」、

「とても見るどころではなかったんです」。

ハガキを見ながらニヤニヤ笑った。

◇◆◇

多分彼女もSNSをやっている。

だけど、敢えて、つながっていない。

お互い聞いてもない。

それが私たちの暗黙のルールなんだと思う。

 

時間はどんどん流れていく。

「今」という時は、信じられないスピードで

去っていくように感じてしまう。

今の連続なんだけど、瞬時に過去になる。

時をつかまえてみたい、と時々思う。

 

送られてくるお手紙は、そのどんどん流れて

いく「時」のかけらみたいだと思う。その

時を手ですくい取ることができるような。

 

◆◇◆

今年はたくさん書きたい。

時を、つかまえたい。

ビフォーアフター

とある写真をSNSで見た。美しかった。

明るい光がさしこむ整った部屋で、

それがその人の「日常」なのだそうだ。

これが普通。というような

コメントが添えられていた。

きっと、そうなのだと思う。

 

でもさ、はっきり言って、

\ おもしろくなーい /

と思うのは、私がひねくれ者だからだ。

 

ビフォー アフター

テレビや雑誌であるけれど、

あんな感じが私は好きだ。

え、こんなに変われるの??

こんなに整うの?きれいになるの?

 

ものすごく可能性を感じる。

自分も変われるんじゃないか、

という可能性を。

美しい写真であったとしても、

多分、その写真を通して、

「可能性」を感じたいんだ。

そうゆうメッセージを感じたいんだ。

 

ベランダの植木が枯れている。

寒さにやられたかな。我が家の

ビフォーアフターで公開しても良さそうな

場所はベランダだな、と思う。

 

少しでも良く見せたいが勝手に働くけど、

ありのままのビフォーの写真を

撮ってみたいと思います!

私の努力でアフターはどうなるか。

ベランダのビフォーアフター投稿、

そのうちしたいな、と宣言。

 

おもしろくなーい、なんて言うなら、

おもしろい投稿を自分がしなくちゃね。

批判だけするのはダメだと思う。

その写真を撮った方のことも、

私は何も知らないわけだし、

批判なんて本当はできないんだ。

 

自分の言葉に責任を持とう。