おはようティラミス

「私をひっぱりあげて」くれる数々のことを、綴ってみることにしました。

心入れる

講演会のチラシを作る。

たかだか、と思うかもしれない。

「私はそこまでやれない。そう決めてある」

そう言った仲間もいた。

お金が発生しないから、そりゃそうだ、

とも言える。

だけど、私は毎回心を入れてやってる。

だって、配れるし。

誰かが目にしてくれるし。

 

「死にそう」

「もうダメなんだろうか」

そんなことを毎回思う。

するするといつも作れない。

 

 

だけど、絶対たどり着けると

そこには自信がある。

自分を信じている、って本当に救われる。

あれ、私実は強いかもしれないな。

 

「自分のこれだ!」にたどり着けると、

嬉しくて、そこに達成感と充実感が

しっかりと存在していて。

そこがたまらない。

 

いつもできたら

冷蔵庫の扉に貼ったりして、眺めてる。

もっとここをこうしよう、とか

見ながら変えたりする。

これがまたいい。

夫が「いいね」とか時々言ってくれて、

よっしゃあー!と思う。

 

もうダメかもしれない、と思った夜中。

少しあきらめて寝て、

考えながら寝て、

だから体は疲労困憊なんだけれど、

朝方ひらめいた。

 

よし、これでいこう!!

 

そして、もっと勉強しよう。

勉強しなきゃ、じゃなくて、勉強したい。

そして、約束は守りたい。

 

面白がってやる。

 

書きかけの言葉たち

書きかけの言葉たちが、歩き出したくて仕方なくて、下書きで、じとーっと待っている。分かったよ、歩き出したまえ。

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①羨ましさ

とても余裕があるように見える人たちが、身近にいる。子どもが帰ってきたら、子どものために(もうまるごと)時間を使う、という話を聞いてため息が出た。このため息は、すごいなあという羨ましい思い+自分へのやるせなさで。ひねくれた嫉妬を生んでいる。

 

②言葉はあるく

 

③今日から私は

朝、洗濯物を干していたら白鷺がゆうゆうと飛んでいるのが見えた。見とれた。そうゆう美しいものには、全てを無にする力がある気がする。自分の、うだうだモヤモヤしているような悩み事が、どうでもいいなと思えるし、そうゆうものが入る隙がない。

 

飛んでいる。

 

ただ、それだけなのに。あの見とれてしまう理由は何なんだろう。

 

④なきゃ

こうし「なきゃ」と思う。でも「なきゃ、なきゃ」連発している時点で、そこに強い意志はない。意志がそこにあれば「なきゃ」と言う前に取りかかっている。「なきゃ、なきゃ」言ってるととても疲れる。

 

⑤なきゃ

~しなきゃ、と思うほど苦しくなる。

 

⑥朝の風

娘を自転車の後ろに乗せて、幼稚園に行く。風が吹く。終わりかけのバラや咲き始めのアジサイを見る。緑の葉っぱを見る。また風が吹いて、それが「ううっ!新しい!!」と感じた。家にいたら感じないもの。朝、外に出るってやっぱり最高だ。それを吸い込んだら、私は新しく生まれ変わったような気がした。

 

⑦愛

大事にしているか、していないか。つまり、愛があるか、ないか。そういうことは分かるものなんだ、伝わってしまうものなんだ、と最近よく思います。

 

⑧比べられない

比べられない。

苦しさは、特に比べられない。

 

会う人会う人、

ぽろりと教えてくれる。

そのことについて、

その人が感じている苦しみを感じ取る。

感じ取ったとしても、もしかしたら

その人が感じている苦しみの

1%も感じ取れていないかもしれない。

 

あー、苦しさは比べられない。

 

かなしいはずなのに、

そのことがその人を強くしていたりする。

とてもかなしいはずなのに、

かなしそうな姿を見せない人がいる。

こっちがはげまされたりする。

 

 

簡単に、私はかなしい

なんて本当は言えないんだな。

けれどかなしいことはかなしくて、

 

比べられない。

 

今、かなしみの中にいるわけでは

ないのだけど。

 

なにが辛かったか、って

思い上がっていた鼻がかんたんに

へし折られたこと。

 

⑩泣いた日のこと

「あの時、目線が下だった。元気なかったよね」昨日、友だちが言った。あの時、私は泣いた。一生懸命やっている仲間に感動して、一緒に過ごした時間を思い出して泣いた。ボロボロに泣いた。「泣いてたもんね。...娘ちゃんが隣でお母さんのこと守ってたよね」よく見てるなあ。友だちがそうゆう見方をしていたことに、とても驚いた。

 

娘のことを、息子のことを、思った。

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下書きからやっと出られた、書きかけの言葉たち。濡れた夜道を勇んで歩く!

失敗と可愛げのないネコ

そうだよね。ペダルなし自転車(ストライダー)は公道で走らせてはいけないよね。きっと先生は何度か目にしていたけれど、目をつぶっていたんだと思う。娘は時々、ストライダーで幼稚園に行く。私の余裕がある時に限るから、毎日ではない。本当に時々。今日久しぶりに乗っていった。

 

「電話がかかってきてね」と教えてくれた。「公道で走らせてはいけないものでしょ、幼稚園では許可しているんですか」って電話があったそうだ。申し訳ないことをしてしまった、と思った。幼稚園の評判も悪くなってしまうものね。すぐに問い合わせたおばさんの顔が浮かんだ。「ダメだって言ってたよ」そう、あのおばさん会う度教えてくれていたのにね。私はちゃんと聞こうとしなかった。親がぴったりそばにいるから迷惑かけてないつもりだった。クルマもたくさん通る道ではないし、... いいよね、って。

 

先生が優しく注意してくれて、本当に私ばっかだなあ、って思った。注意されることに、慣れていない。しばらく心が埋め尽くされる。ばかばかばか、って思う。自分に。

 

私はけっこう「頑固」なんだそうだ。そういえば、新卒で入社した会社の研修(大きな声で徹底して挨拶するようなそうゆう研修)で、教官みたいな方に「あなたはけっこう頑固ね」と最後に言われた。どこをどう見て、私が頑固に見えたのだろう。だけど正直、その言葉は嬉しかった。そうゆう意味で(喜ばすつもりで)教官は言ったんじゃないだろうけれど。最近も「頑固」のようなことを言われたな。それも実はとてもとても嬉しかった。なんでかって言うと、私は自分で自分の意志がとても弱い、と思っていたから。

 

話があちこちにいってます。

言いたいことは、失敗を生かします。

もう少し、人の意見を聞こう。。

 

***

 

昨日、友だちが教えてくれたネコと目があった。友だちが教えてくれた通りの顔だった。可愛げがないところが、非常に可愛い。ふふん、と言ってるような顔をしてぷいってした。ちょっとそんな気持ち。やっぱり私、頑固かもしれない。

アゲハのように美しい人

最近、アゲハチョウの幼虫をくれた友だちがいる。アゲハを何羽も育て上げている。マジすごい(マジとか普段言わないから、時々言ってみたくなる)。そして、まるでアゲハのように本当に美しい人でもある(ここはマジではなく、本当にが合う)。

 

子どもたちとその美しい友だちと一緒に帰る。「こっちの道知ってる?」と教えてくれた道が小学校の頃、歩いた道にほんの少し似ていてウキウキした。せまい路地というか水路にフタがしてある道を通る。ところどころ鬱蒼としている。空き家のおうちの前はとんでもなく草木が自由奔放になっていて、少しかきわけていく。

あの頃を思い出す。高学年だった姉と時々一緒に帰り、寄り道をしたことを。裏山ルートを姉の友だちと3人で通って帰った。それが本当に楽しかった。今でも思い出すと、うっとりする。

 

アゲハのように美しい友だちは、稀に見るほど感じが良い。だからだと思う。知り合いが多い。年輩の方と顔見知りで、この地域に住むネコの名前をびっくりするほど知っていた。立ち止まった家は、ネコ用の扉がある家だった。そこのおうちの窓がぱっと開いて、ネコが大好きなんです、と顔に書いてあるネコのようなおじさんが顔を出した。自分のうちのネコを私たちに見せてくれた。そのネコはすぐにぷいってした。おじさんは河川敷のネコの世話もしているそうだ。真面目にネコが幸せになるように地道に活動しているらしい。家の前には、最近できたネコカフェのチラシを貼っていた。いつかネコへの愛を真面目に聞いてみたいと思った。

 

友だちが、あそこのうちのネコはね、こんな顔をしてるの、って自分の顔で二回も真似してくれた。眉間に指を当ててグッと下げる。ちょっとブサイクなの、噛みつくこともあるんだよ、ってこっそり教えてくれて、それがすっごく面白かった。友だちもネコを飼っているのだそうだ。黒くて、毛の長いネコだと教えてくれた。随分前に拾ったそうだ。名前も教えてもらった。とっても素敵な名前だった。

 

***

 

アゲハのように美しい人がくれた、アゲハの幼虫。鳥のフンみたいだった幼虫(鳥に襲われないようにそうしているんだって)は、昨日緑色になった。

 

いろいろ、マジ面白い。

 

追記

蝶は○頭と数えるらしい!

やる気記念日

『朝の余白で人生を変える』池田千恵 著

という本の背中を見て立ち止まり、手に取りぱらぱらめくり本棚に戻し、うろうろしてまた戻ってぱらぱらめくり、借りて帰った。序章の見出しにこんな言葉がある。

 

「朝、イコール効率的」ではない。

 朝こそぼーっとしよう

 

それを昨日の夜読んで、部屋は散らかっているがさっさと寝てしまおうと9時半に寝た。朝、5時半に目が覚めて6時まで携帯を見て、ブログを書いた。ぼーっとしながらテレビを見る。そして、部屋を片づけた(散らかっているものをまとめた)。夜だと身体が重くて全然片づかないのに、朝だとあっという間に片付いた。私、夜ダメなんだな。子ども寝てからやろうとか、やっぱりダメだったんだ、ともう何回目かの気づき。

 

雨の中、自転車を押して幼稚園に行く。自転車カバーは牛車のようだと思う。私が牛。のろのろ歩く牛。カバーは7000円くらいしたけれど、娘は全然濡れないから、私のようなクルマを運転できない人には本当に助かる。娘が優しいおじさんに牛車から手を振っていた。帰りは、おじさんが私に挨拶してくれた。あのおじさんは本当に感じが良い。地域住民に心の安らぎを与えている。

 

帰ってから、やらなければいけない簡単なことを2つ済ませた。そして、もう一つやらなければいけないことのベースに取り組んだ。できるじゃないか!なんだいい日じゃないか、と思って、今日を「やる気記念日」に制定。ついでに、いつやることにしようかなあ、と思っていた「洗濯槽クリーナーの日」にした。2ヶ月に一回くらいやるといいらしいから、年内の予定をメモして洗濯機の前にメモを貼った。

 

朝活に張り切って取り組んだ時があった。続かなかった。あの時、朝活手帳まで買ったのにな。ムリは続かない。本をパラパラめくろう。いいところを取り入れよう。

 

 

ショッピングセンターと人

休日のショッピングセンター。

混雑時間帯は、

駐車するのもフードコートも

イス取りゲーム。それも皆、真剣。

ヒヤヒヤする。こうゆうのが苦手だから、

どうぞどうぞ、とゆずる。

戦わない。

取ってやる!とは、思えない。

競争相手のいない場所をなんとか選ぶ。

 

ゲームセンターで遊んだ。

子どもは、たっぷり(私からしたら)

遊んだのに、もっとやりたいと言う。

もう一回、来月のお小遣い無しで

いいから、と言う。エンドレス。

思うようにならずに、怒っている。

なんとか言い聞かせ、切り抜ける。

たくさんの子どもたちが、

じゃんじゃんお金を落としていく。

つぎこむ。

眉をひそめて、おばあちゃんが

孫のやることを見ている。

もういくらつぎこんだのだろう。

 

大人のやりたいことと

子どものやりたいこと、

それぞれの楽しいことが一致しない場所。

どちらかが我慢して待たなければならない。

それが、それぞれに苦痛過ぎる。

 

しまいには、夫が子どもに怒り、

子どもが泣いて、私にしがみついてきた。

怒ることのない夫はそんな自分に

がっかりしたのか元気がなくなった。

夫を励ます。

あー、今、私が支えている、と思った。

めったに支えることなんてないけど。

 

まさに漢字の「人」。

人は時々(いつもかもしれないけれど)

支え合う。夫婦だけではなくてね。

 

こんな、普段感じることのないことを

感じられたのだから、よし!としよう。

放課後

10歳の時、1年間だけ過ごした小学校がある。転校して馴染めないまま(馴染もうとしないまま)またすぐに転校。放課後、友だちと遊んだ記憶は、片手で数えるくらいしかなかったと思う。優しい人もたくさんいた。いじめはなかった。

 

学校から帰ってきて、教育テレビ(その時はEテレとは言わなかった)でやっていた子どもの料理番組『ひとりでできるもん』が大好きで。まいちゃんが、「アイマイミーマイン」と、確か魔法の呪文を言うのだけど食い入るように見て、レシピを一生懸命メモした。子どもって、そもそも料理が好きだと思う。いつの間にか苦手になってしまう人と、好きなままでいる人と、この違いはどこで生まれるのだろう(私は前者!)。話がそれた。まいちゃんが私の友だちだったんだなあ、って思う。まいちゃん、ありがとう。

 

母と手をつないで、スーパーに買い物に行くこともあった。いつも「お菓子買っていい?」と聞いて「いいよ。1つね」と大体言ってくれた。やったー!と飛び上がるほど嬉しかった。オマケ付きのお菓子を買う。ちびまる子ちゃんのスタンプがオマケのお菓子があって、それがいまでも心に残っている。

 

前の小学校では、毎日のように友だちと遊んだ。親友がいて、交換日記もして。私は多分、新しい小学校で、親友を探していたんだなあ。違う、違う、とあの子みたいな子がいないと。親友がいない学校は、つまらない。もう殻に閉じこもってしまった私は1人ぽつんとしていた。

 

***

 

7歳の息子が「奇跡だ!」という友だちに出会えて、私は喜んでいた。舞い上がっていた。よしよし、君にもついに仲良しの友だちができたのかい、と。ところが、ここのところ遊ばなくなった。遊びに行くこともない。理由を聞いても答えない。何があったんだろうなあ。ついつい聞き出したくなる。

 

ふと10歳の頃の私を思い出した。放課後まっすぐ帰って、うちでゴロゴロしている私に「お友だちと遊ばないの?」なんて、母に聞かれたことは一度もなかった気がする。私が息子に聞いてしまったような、もしかしたら聞かれたらイヤだと思うようなことを、母は私に聞かなかった。

 

母のことは、今では、時々...面倒なことになった、と思うことが正直あるけれど。母はやっぱり優しい人だったんだなあ、って思う。子どもの頃、私は母が本当に好きだった。今も好きだけどね。


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