おはようティラミス

「私をひっぱりあげて」くれる数々のことを、綴ってみることにしました。

生きる

「生」を意識する。

 

それは、一生懸命生きている人が

いることに気づいたから、でもあり。

生死を意識する、やまいを経験した

大切なひとたちがいるから、でもあり。

東日本大震災のことを思うから、でもある。

 

・・・

 

6歳の息子が寝る前に聞いてくる。

「おかあさんは、おじいちゃんに

 なるんだよね」

「おばあちゃんね」と私。

「あー、そうか。

 おばあちゃんになったら、

 さきに しぬんだよね」

と聞いてくる。

「なんさいまでいきるの?」と。

 

胸がちょっと苦しくて、

「1000歳」「最後の数歳」

なんてふざけて言った。切ない。

親のことも、頭をよぎる。

親を悲しませているかな、私。

やっぱり、優しくしたい。

 

息子よりも先に死ぬであろうことは言った。

そうでありたい。

そうであってね、と強く思う。

 

「でも、天国で会えるから」

「てんごく であえるの?

 あえるんだね!」

 

「いきかえるんだよね?」

「そう、生き返る」

そんな話しを、なぜか最近、

夫としていた息子。

だからかな、こんな質問。

 

「いきかえったら、なにになりたいの?」

なんて聞いてくる。

「んー、亀になりたい」と私。

「へえ~」と息子。

 

ビー玉みたいな、きれいな丸い玉だけ

残るんだよ、とかそんな話しを、

どうゆう流れで話したか忘れたけど、

話した。息子はへえ~と言っていた。

私が頭に浮かんだこと。想像したこと。

 

なぜか分からないけれど、

そんな話しを3月10日の夜にした。

 

・・・

 

生きているということは、

本当に、有り難くて、有り難くて、

あの子に会えたことも有り難くて。

今日、あの人に会えたことも有り難くて。

 

ありがとう。

 

生きているって、

有り難いんだなあ、って。

 

あの子が言うように、

今を生きよう!

やりたいと思ったことを、

やろうではないか!

生きてるって、そうゆうことだよね。