おはようティラミス

「私をひっぱりあげて」くれる数々のことを、綴ってみることにしました。

バジルパスタ

これぞ東京!都会!という場所で、

3年くらい働いたことがある。

湾岸沿いで、キラキラした海が見えて、

異動した日、たまらなくワクワクした。

食堂から見た海。

あの感動は今でも覚えている。

この記憶もちょうど今頃の季節。

花粉で、目が鼻がムズムズした頃。

 

よし、がんばるぞ!と思ったけれど、

仕事は思うようにできなくて、

企画という仕事は難しいなあ、と

痛感した。とても苦しかった。

八割苦しかった。...単に、弱かった。

周りはいい人だったもの。

 

お昼、確か、金曜日だっただろうか。

食堂で、バジルパスタの日があった。

食堂のおばちゃんではなく、

その頃の、若い私くらいの

同年代の調理師さん(お姉さん)が

作ってくれていた。

 

バジルソースは手作りで、

いつだかその食堂のブログを見たら、

たくさんの材料で作っている、

と書いてあった。大葉にレモンに

10種類以上。さわかやかで、好きだった。

サラダが付くのだけど、

そのサラダの量も多くて。

キャベツの千切り

+海藻、

+タラモとか、ポテト

+マカロニ

+豆

いろいろあったのになあ。

思い出すと、記憶がぼんやりしている。

そこから選べる。

 

バジルパスタの日は必ずといっていいほど、

注文した。調理師さんは作りながら、

販売もする。会えるのが実は嬉しかった。

一生懸命作っているし、何か工夫を

こらしていたりするから、そうゆう

姿勢が好きだった。

 

仕事を辞める日もお昼はバジルパスタに

した。あんまり、話したことはないけれど、

お礼を言いたくて、話しかけた。

 

私「今日で最後なんです。

  バジルパスタすごく好きでした」

と話しながら、涙が出てきて困った。

「異動ですか?」

私「辞めるんです」

「そうなんですねえ。

 いつもありがとうございました」

 

...だっかなあ。とにかく少し会話して、

泣いている私を見て、多分びっくりして。

だけど、調理師さんはいつもの笑顔で。

 

私はこの調理師さんがやっぱり

好きだなあ、と思った。

 

退職したとき、泣いたけれど、

なんというか...雰囲気に負けて泣いた。

...はっきり、言って「逃げた」から泣いた。

子どもの頃からの泣き虫。

 

だけど、バジルパスタの調理師さんには

泣けた。いつのまにか泣いた。

エレベーターに乗って、調理師さんに

『ありがとう』って言うんだ、

と思った時から、あれ、泣くかも、

と思った。

 

これ以来、バジルパスタがとても

好きだ。だけど、あの食堂の味には

出会えていない。きっともう、

あの調理師さんは、いないと思う。

どこかで、おいしいご飯を作っている

気がするけれど。

 

また食べたいし、あの海がキラキラした

ビルだらけの湾岸沿いも歩きたい。

働く街の土日は、ガランとしている。

そんな街を歩きたい。

 

バジルパスタは、弱い私を、

ひっぱりあげてくれていた。