Tiramisu郵便

「私をひっぱりあげて」くれる数々のことを、綴ってみることにしました。

キライについて

皿を洗いながら、

「キライ」と書いてあった

随分前のある投稿を思い出した。

 

キライって言葉は、なんて

切れ味がいいんだろう。

スパッと、冷たくて、悲しい感じ。

突き放して、

もう、見たくない!知らない!

って感じ。

 

キライ、と言わなければ、

自分が保てない感じ。

つまりはここなのだ。

自分が乱される感じがするから、

キライ!と切る。

 

切れ味が良すぎて、けっこう切る。

言った時はスッキリする。

けれど、後々、心にも傷を残す気がする。

私は、そう感じることがある。

つまり、自分もそう思われる

ということが多分、嫌なのだ。

 

だから、できるだけ、

キライ!と思わずに生きたいものだと

私は思う。私は。

 

キライを分析したいものだ。

何がそんなにキライなのかを。

全部がキライではないはずなんだ。

 

今、キライなものが

特に思い浮かばない。

 

ってことは平安。

心は多分、平安です。

有り難し。