おはようティラミス

「私をひっぱりあげて」くれる数々のことを、綴ってみることにしました。

縄跳び

縄跳びは楽しいものだと思うのだけどなあ。

 

縄跳びが幼稚園から美しく跳べることが、大事なのだろうか。私はそう思ってる。あれは訓練してコツを教えてやるものなんだっけ?私もそうやって実は覚えたのかなあ。忘れているだけ?

 

二重跳びができた瞬間のことをよく覚えている。「うわ、できた!」社宅の前のアスファルトで1人で何度も何度も跳んで、やっと跳べた日のことを。あの嬉しさは忘れられない。誰からコツを教わるでもなく、自分でつかめたことがとても嬉しかった。

だから私は子どもに言わない。それは端から見たら、なあなあな子育てに見えるのかもしれない。必死こいて親がイライラしながらやってる横で、私は自分が跳んでいたりする。大人になると二重跳びって跳べなくなるんだ、って遊んでる。隣と言っても30メートルは離れてるよ。

正直言って、小1息子は全然跳べない。多分、みんなが「ちゃんと」跳べている中で、跳びたくないんだろうな。跳ぼうとしない。夏休みは一回跳べたくらいだったかな。ん、十回跳べたか。さっき、五回跳んだ。幼稚園の時は一回跳べてるかどうかだったからすごい、と思ってしまう。あ、前跳びの回数。これは笑ってしまう回数かもしれない。だけど、絶対跳べるって信じてる。だって、跳べない子っているのかな?

 

早くから上手くできることを求めて、コツをしっかり教えて、一生懸命がんばってる人もいる。それも素晴らしいことだと思う。私がしようとしないのは、めんどくさいからかもしれない。私の根性がないのかも。子どもはそうやって教わって、上手く跳べるようになって、楽しさを味わうこともあるでしょう。

 

あー、イライラしながらやりたくない。

そんな教育方針の違いが、近所ではよく分かってしまう。それが近所のなんというか、めんどくささを生む。近所ってよく見え過ぎてしまう。あー。そうゆうことばかり、なんだか気になってるな。

 

私は比べている。

つまり、比べている時は、

ろくなことがない。

私の心のバロメーター不良。

 

***

 

「好きなことやりなよ」

ってこの前母が言ってくれた。

そうだ、好きなことをやろう!

 

ひねくれ者が一緒にいる。

私は自分と向き合って、

良くないところを変えよう。

素直になりなはれ。

 

さあ、明日から学校だ。

子どもたちよ、がんばろうな!

 

がんばろう。