おはようティラミス

「私をひっぱりあげて」くれる数々のことを、綴ってみることにしました。

ともに暮らす

寝室にスマホは持って行かないようにしている。これはやはり大事なことだ。充電器が熱いので、万が一のことがあるとイヤだと思い昨晩は枕もとで充電した。そしたら、朝開いて、やっぱり見てしまう。五時に目が覚めてから、一時間くらい見てしまった。無駄だー!!ヤフーニュースから飛んで飛んで、闘犬について見始めた。これを肯定しようかと思ったけれど、肯定できる要素はひとつもない。

 

久しぶりにしゃがみこみたくなる朝だ。久しぶりだ。この心。「あー、テンション低いなあ」ぶつぶつ言う。「どうして、また?」と不思議そうな顔で聞く夫。結婚とは、本当にこうゆう姿も含めて相手を受け止めることなんだろう。がみがみとやかく言わずにわたしを見守ってくれる、このひとが夫であることは何て有り難いのだろう、と思う。

 

昨日、バッタをつかまえていたら、カマキリを見つけた。学校から帰ってきた息子はとても喜んだ。カマキリはまだ羽が生えていない幼虫だ。大人になるまで見させて欲しい。小さな生き物たちが、ただ生きている姿。ふと空っぽになった時に、むなしくなった時に、眺めに行く。カナヘビは呼吸している。カマキリは鎌をそろえて体を左右にふっている。バッタの小さな目を見つめる。みんなそれぞれに生きている。それが今、わたしを助けてくれる。もう少しまめにケース掃除するね。霧吹きで水もかける。エサもきらさないからね。

ばらの花

昨日、くるりの「ばらの花」を聴いた。

曇り空からのぽつぽつ雨。どんよりデーに聴くのがぴったりだと思う。あったような なかったような思い出や感情が顔を出してくる。何ともいえない気持ちにいつもなる。ぱっと見、かっこいい人やきれいな人も、別にかっこよくもなくきれいでもない。寝起きの顔。くしゃくしゃの髪。ぼーっとしてため息までついている。という、映像が浮かぶ。見てくれは関係なく人間の心だけがそこにある感じ。その心のありようはけっこうみな似ているところがあって。人間だから。人間くささが、人間だからみな似ている感じがする。切なさとか人間の小ささとか。

 

「ばらの花」の心地良さ。ただの心地よさだけじゃないものをいつも連れてくる。今、聴いたらまた別なことを思うのかもしれない。今日はいい天気だものね。カメラ目線のこのバラ。この前は「うっふん」って言ってる気がして、モンローさんと心の中で呼んでたけれど。何か別なことを言っている。うっふん、なんて言ってない。何て言ってるんだろう。やっぱり美しい。

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おばさんのことば

靴を洗っていた。

 

「ホントあつい」

「ねえ、あつい」

 

2人のおばさんが歩いていた。

マスクがあつい、という話しのようだった。

 

ひとりは知っているおばさんだった。

いつも必ず挨拶してくれるおばさん。

幼稚園の先生みたいにポケットのついた

エプロンをしてジャージをはいて

帽子をかぶっていつも歩いている。

目が合うと挨拶してくれる。

 

挨拶。

 

張り切って、おじさんに前はしてた。

そこまで年の変わらないおじさんに。

私もおばさん。

そしたら同僚のひとがくすっと笑ってた。

笑ってたから、

挨拶できなくなってしまって。

中学生ですか?って話しなんだけど。

なんだかどうやって挨拶したらいいか

分からなくなって

うつむいて通るようになった。

あなた中学生?

 

おじちゃんとおばちゃんにも

張り切って挨拶してたのに、それも

なんだかできなくなって。

なんでしょうねえ。

ほんとに中学生になっちゃった?

 

おばさんがこう言ってるのが聞こえた。

 

「のりこえましょう」とお友達に。

 

のりこえましょう、

って前を向いている言葉だなあと

思いながら、靴を洗った。

無駄な時間

昨晩、ブログを書きたかった。ブログは書きたいと思っても書けない時がある。当たり前の話しか。書きたいものが湧き出てこない。でもあきらめずしつこく、ずっとスマホを眺めていた。ブログを書いては削除した。なんって無駄な時間!!!

 

いまだに「怒られる」という思いをまず抱く。知らない人とのやり取りで、怒られたり不機嫌な態度をされているイメージが浮かぶ。そのイメージが膨らみすぎて、それにつぶされかかった。のが昨晩。それで、不安を紛らわせたかったんだ。その紛らわせる方法のひとつが、スマホを眺めるだった。しかし、紛らわせるどころか不安は不安を連れてきた。どんどん重苦しい気持ちになる。それを吐き出したかったんだ、ブログに。

 

...電話でのやり取りは、ほんとにいい大人だというのに緊張する。この電話の目的は何かを考える。わたしの視野は狭いと気づく。目的が明確になり、よし!っと電話をかけた。怒られるどころか、話しは簡単だった。「いいですよ」であっさり終わった。わたしの不安は一体何だったんだ!「え、いいんですか!!」声に喜びが混じる。こんなに分かりやすい声の大人って珍しいかもしれない。興奮して声が震えた。きっと相手の方は電話を切った後にぷぷっと笑ったに違いない。

 

電話の用事を二件すませ、植栽を切り(過ぎ)、泥靴を洗った。カナヘビのエサを誰もいない公園で捕まえた。バッタを四匹。足を片方持ったら、片足になって逃げていった。ごめんよ、本当だったんだね。また生えるんだっけ?もっといっぱい用事を済ませた気になっていたけれど、こんなもんか。でもまるさ。まる。自分にまるを。

 

大丈夫だった。昨日無駄だと思った時間が、今日のエネルギーになった。ダメすぎると、イヤになって頑張ろう!って思う自分がいる。責めすぎずにいこう。

きょうだい

きょうだい仲が良さそうな、よその子を見て、いいなあと思っていた。年下の妹や弟に思いやりのある言葉などをかけられる兄や姉ってすごいなあ、と。うちの子らは(8歳男&4歳女)きびしい。あんまり兄は優しくない。きびしすぎる。と常々感じている。

 

無料で作れるフォトブックのクーポンが送られてきた。娘は早速作るように、早急に作るようにわたしに頼んできた。アルバムを引っ張り出してきて、これとこれとこれと、とアルバムから写真を抜いて指示してきたので、この写真ね、とパソコンのデータをアップロードし珍しく最速で取りかかった。娘が選んだ写真は、ぜんぶぜーんぶ、兄と一緒に写っている写真だった。あんなにきびしくて意地悪(にわたしからは見える)なのに、お兄ちゃんのこと好きなんだ。はっとした。

 

この前、自転車のブレーキの仕方とかを妹に教えていたそうだ。ずいぶん前に撮ったビデオでも、妹にドリルのやり方を教えている光景があった。いつもは呼び捨てだけど、「○○ちゃん」とやさしく呼ぶ時もある。

 

なんだ、いいきょうだいじゃないか。

今日という日

買い忘れたものがあり、あわてて自転車をこぐ。スーパー店先のツバメの巣をまず確認する。ツバメの子どもたちは体がずいぶん大きくなった。巣立ちの日も近い。必要なものを買い、またツバメの巣を見上げる。今度来たときもまだいるだろうか。立派だなあ。

 

帰り道、ゴーという風の音を聞く。前にいた女性はわたしより年上だろうに、めっちゃこぐのが早い。追いかける。こんなスピード出してるんだ。息子の同級生が歩いていて、「こんにちは」と声をかけた。マスクを外して、「○○のお母さんだよ」と言う。「ああ!」とにっこり笑ってくれて、タラリとテンションが上がる。もうすぐ家。ご近所さんが、「あらあ」と言って微笑む。「こんばんは」と言って手をお互い振り合った。タラッタラーって感じでテンションがさらに上がっていく。←欽ちゃんの仮装大賞(だったかな)のあのはじっこにあるレベルが上がっていく機械の音のイメージ。今から保育園のお迎えだろうな。わたしたちは、心が通じ合っていると思う。本当に素晴らしい笑顔と挨拶で心が満たされた。まるだよ。今日はまるになった。

 

ハイリーセンシティブパーソン(hsp)と月のリズムとが混ざり、センシティブ過ぎる期なんだと思う。けれど、それもけっこう面白い、と今、思う。

かほごさん

息子が家の前で不意に訪れた同級生数名と走っていた。足は現状おそい。本当に遅いわけではない。「おい、競争しようぜ」「ぼく走るのおそいからなあ、」と言いながら断れず(らず)走る息子。二回目が始まった。『連続で走るのはうちの子だけ?』『マスクをしてるのはうちだけ?』インターフォンのモニター越しに苛つきながらのぞく。『遅い子がいるとビリにならない安心感でもあるというの?』モヤモヤ。我慢できず外に出る。息子に「マスク外しなー」と言う。同級生は散っていた。悪い子じゃない。挨拶もしてくれたし、同じクラスだった一人のある子は何度も「今度一緒に遊ぼう」と息子言っていた。それが救いだった。

***

郵便受けには、娘に届いた教材。雑に扱う息子。なるほど、と思う。嫌だった気持ちが自分よりも弱いところへ行くわけだ。雑だから不注意でDVDに汚れがついた。簡単に取れそうになくて、私まで猛烈にイライラしてくる。息子のイライラを受け取った。こうして、感情というのは伝染するんだ。確実に身体から何か物質が発っせられていると思う。ここで、わたしまでのまれてたまるか!って思う。このイライラのスタート地点を思う。同級生のイライラのスタート地点をたどる。複雑な毛細血管みたいだけど、それぞれのきっと共通のイライラの源があるわけだ。

***

「走りたくなかったら走らなくていいんだよ」って二回くらい言った。「いいんだよ」と平然と言う。何がいいんだろう。わたしは勝手に辛くなる。息子には息子の人生がある。いつだって、信じている。学校っていろいろあるんだろうな、って思う。安易に傷つけてきたり、息子だって傷つけたりしているんだろうなあ。