morina39の日記

こころ動いたこと、について

みたらしだんご

オンラインというものは、自分が現在どんな感じであるのか、を見せてくれる。これがわたしなのか、と画面にうつる自分の顔を見るたび思う。ビデオ通話しながら茶色いなあ、と思った。里芋の煮っ転がしのような、そうそう、みたらしだんご!


おばあちゃんははっきりとものを言う人で。年頃の女の子に向かって「お月様みたいだね」と会う度欠かさず伝えてくれた(お月様のように顔がまんまるという意)。はずかしいなあと思いながら、おさえられない十代の食欲にわたしはあっさり負け続けた。おばあちゃんに何と言われるか、いつもドキドキしつつ、甘いお菓子を食べながらおばあちゃんの前でわらった。

そのおばあちゃんが、おじいちゃんの友だちのことを「みたらしだんご」とこっそり呼んでいた。それはすばらしいあだ名だと子どもながら思った。みたらしだんごに...たしかに似ていた。時々、道でそのみたらしだんごさんに会うと、挨拶で終わらず立ち話をしていた。みたらしだんごさんの家の軒先でおしゃべりすることもあったし、みたらしだんごさんが来ることもあった。おばあちゃんは「こんにちは」と言いながら緑茶やお菓子を出していた。おじいちゃんとみたらしだんごさんがいつから友だちなのかは分からないけれど、気が合うことがよく分かった。こんな友だちっていいなあと、小学生のわたしはしみじみ思った。

みたらしだんごさんは、わたしには、はにかみ、おじいちゃんにはにっこりする。

ああ、ふたりは天国でもおしゃべりしているのだろうか。地上を見下ろして、なかなか大変だねえと話しているのだろうか。きっとふたりしてにこにこしている。

夏は、やっぱりおじいちゃんとおばあちゃんを思い出す。庭のミニトマトのにおいとか。蚊取り線香とか。思い出っていうのは、ちゃんと心で生き続けてくれて。それはそっと力をくれるんだなあ、って思う。